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Ignis Fatuus

ハロウィン掌話。は、先ず青関です。
小道具を暗喩的に扱っていますが、正直ハロウィンではないです。
ふ…ファンタジィ、かな?
(最近こんな文章しか書けん)(ヤバイよ)

読んでやるぜ、と言う奇特な方は下記のリンクからどうぞ。

 燐の青く光るそれを見て、青木は何故か悲しくはなるけれど驚きや恐ろしさを憶えなかった。ただ、酷く悲しいと感じた。

 

妻が居ない。働きに出たのだろうか。青木が訪う姿を見て、妻の不在を知る身を半ば情けなくも、此の青年の敏さとも知ることとなった。
「これ、教科書ですね」
青木は外套も脱がず関口の仕事机の上を覗いた。
「うん。鳥渡ね、教師をすることになったんだ」
「教師!関口さんが?」
童顔が弾けたようになっている。
「否、恩師からの強引な押し付けでね。僕が教員でも無いのに派遣されるわけだ。暫く留守になる。ところで、君はそれ脱がないのかい?」
関口は青木の外套の袖を引っ張った。
その抓まれた袖を眺めつつ、青木は息を吐いた。
「僕も暫く留守にするんです」
「え、」
「都下の山奥に分け入りましてね、屍躰探しです」
「それは、ご苦労だね」
「寂しくなりますが。些か気の重い仕事でもあって」
「気が重い?」
彼は大概陰惨な屍躰を見慣れていると言っても過言ではない職業だ。
「少年の屍躰なんです。遺書を残しましてね、それを辿って山奥に、ですよ」
おざなりに口付け施して、青木は関口宅を辞した。どうも相当急いでいたようであった。




 臨時の教員と言うことだったが、顔も合わせたことのない関口の前任者は寮監でもあったらしく、関口は此の学校にいる間は寮住いとなった。
前任者の火急な仕事が早く終われば良いのに、と此のとき程強く願ったことは無かった。
 嘗て寮生でもあった身には少しだけ懐かしい。何処の寮も大概似たようなもので、今にも懐かしい同級や上級生が顔を覗かせそうであった。
全寮委員会と言うものが未だ残る寮内で、寮監とは言え夜の見回りをするような職務は無かったがその夜の、十月の晦日と言う些か季節の外れた嵐の打ちつける音に目が冴えて、関口は寮内を観察に出かけた。
 「先生、」
そんな敬称で呼ばれることに慣れていない関口は大分時と逸して振り返った。
自覚が無くても当たり前だが、それでも此処では教師なのだ。
「なんだい?」
自分以上に為ることは無いよ、と云った恩師の言葉をお守りのように胸に抱いて、関口はまるで独り言のような声音で返事をした。
「幽霊を信じますか?」
外は酷い嵐だ。風の音に生徒の声は俄かに判別しずらく関口を混乱させた。
「幽霊?」
否、混乱させているのは嵐の所為ではなく、恐らく生徒の発した非科学的な事象呼称の所為であろう。
どう返して良いか考えあぐねていると、
「先生の物語には、不可思議な事象が沢山出てくる」
そういって彼は少し笑った。
慥かに文学として捉えるならば、幽霊は慥かにいる。
否、友人の言葉をかりるならば、幽霊はいるのだ。
いるし、聞こえるし、触れる。けれど『いない』。
それが幽霊であるのだ。
「さて、僕には何ともいいようがないな。あ…けれど、そう、鈴木牧之は彼の著書の中で雪中の幽霊と言う題を上げているね」
彼の文学的なそれに添っての応答ならば強ち外れたものでも無いだろう。
「斯闇くなりしにかかるもののありありと見ゆるもただ人ならじと猶よく見れば、体は透徹やうにてうしろにあるもの幽かに見ゆ。腰より下はありともなしともおぼろげ也」
鈴木牧之の何処か美しくも悲しい描写は関口の中に残っていたようである。学生の頃に読んだ、文面をどうにかこうにか思い出すようにして諳んじれば、彼はほう、と息を吐いた。
「では、僕が見たものは矢張り幽霊だったんですね」
ぽつりと、漏らした。
「いつ、君は見たんだい?」
「今」
「何処で?」
「此処で、」
彼の目は外へ向けられる。
叩きつけるような雨が硝子を揺らし音を上げている。酷い癇癪のようだ。
硝子に灯の仄暗い廊下が映り、ぼんやりと関口とその学生を浮かび上がらせていた。
「暗がりで嬾げに佇んでいた。雷光をその身に透して、幽霊とは矢張り透明なのだと認識を強くにしました。けれどもそれは実体の様でもあった。それは透徹である以外、生きた姿と寸分違わなかったから。でも今やもう幽霊だと断言できます」
「何故?」
「――――何故なら、彼は知人だったからだ。弔いにも参列した極々近しい人物だったからだ、」
「ならば、何で君はそれを幽霊かどうか解らない、と思ったんだい?」
「凡てが虚構に思えていた。彼が亡くなったことも、あの葬儀も凡て、僕の視界を覆い隠す嘘だと」
幽霊である彼は庭を見下ろしていた。其処には春の嵐にうねる桜の樹があった。幹が枝が風と雨に蹂躙され白く小さなはなびらは雨礫に舞っていた。
嵐の夜は少しだけ寒い。
彼は地上で雨風に翻弄される桜の樹を凝視め続けた。
その桜は人が狂うと噂される大樹だった。
今一度と、再び臨めば既に彼は何処にも居なかった。廊下はしんと静寂に満ちて、暴風雨に硝子の震える音が響いているだけだった。
「春の嵐?」
「彼が死んだのは先だっての春のことでした」
桜ごとの幽霊だとも言うのか。今は秋も半ばの頃合だ。既に台風も季節外れに近い。
「彼をもっと見ていたかった。何処にも行かないで欲しかった。僕を見ないまでも」
嗚呼、と関口は呻いた。
こうした役割は自分ではなく、あの冗舌なる友人であるべきだ。今関口はなんの言葉も持たない。
ただ、不意に自分の手をみると青い燈があった。
青白く燃えて、冷たかった。
「これを、」
関口は彼に差し出した。
嗚呼と再び呻いたのは彼だった。
「僕ですね」
「そうみたいだ」
彼に焔を渡すと、そっと彼の中に取り込まれ、その身を透かした。
「君なんだね、」
「そう僕が此処から彼の背を押した。春の、夜の遅くに。誰も見ていなかった。けれど苦しかった。苦しくて、悲しかった。僕の罪を誰も知らないことが」
だから――――
弔いにも参列し、彼の家族の悲しみも目にした。
愉悦も悲哀も悔恨も無かった。

「先生は、君を迎えに行っているよ」

遺書を残した生徒がいると言っていた。そしてその遺体が発見されたことを関口は知己の刑事から聞いていた。
「先生、」
彼は関口を矢張り敬称で呼んだ。
無理も無い。関口は此処の仮初の教師でしかない。彼の中でそれなりの年嵩の人物は教師でしかない。関口に話しているのではない。『教師』と言う条件に当てはまった人間でしかない。
「僕は天界も煉獄もなくただ暗い中を歩んでいた。多分これから先も変わらない」
昇天しきれず現し世を彷徨うしか道はないのだ。
人を殺めたのだ。
「酷く邪な情欲故に、殺めたのだ」
悲しい横顔に見える。けれど、それを観測するのは関口で、其処に如何な感情を読み取るのは関口の観点でしかない。人によれば、此の顔も酷く憤っているようにも、酷い劣情に塗れたものにも見えるだろう。
「そうだろうか、」
関口は口を開いた。
「邪など、誰が決めたんだい?どんな条件のもと?」
人を殺めることは非道に他ならないだろう。
けれども、其処に至るに及ぶ動機を誰が邪なものだと決めることが出来るのか。
「僕には酷く純粋にみえる」
君は彼が愛しかったんだ。だから、背を押した。
それを魔が差したというならば、言えばよいだろう。
「先生、」
「行くのかい?」
「ありがとうございました」
彼は頭を垂れた。そして、消える。瞬きの間に。

 


 東京都の山奥から生還してきた青木は共に湯に浸かることを望んだ。然程に広くでもないが落ち合う宿の湯船はこうした間柄には酷く都合が良かった。
「そういえば、鬼火を見ましたよ」
「鬼火かい?」
「はい、」
酷く冷たいように見えていた。青白く、雨の中で燃えていた。
「思えば、屍躰を掘り出していたのだから、燐が燃えても怪訝しくは無いですよね、」
「ああ、そうだね」
手の中でひやりとしたその感触を思い出し、関口は両手を擦り合わせた。
前髪の先から水滴が落ちる。
「どうでしたか?」
「なにがだい?」
「俄か教師をしてきたんでしょう?」
「ああ、」
関口は少し笑った。あれは、関口のような声量の無いものがやるべきではない。一週間、しかも三コマきりの授業でよかったと関口はほとほと安堵した。
「京極堂が何でああいう声量なのか、解ったよ」
「なんです?そりゃ、」
「うん、そうだね」
関口は湯船の中で伸ばしていた跫を青木に取られて、その土踏まずを舐められた。
「ちょ…!青木くん」
「その名前を出さないで欲しかった」
そうしたことすら現実逃避にしかならないが、少なくとも純粋に思いが募った末のことに他ならない。青木の手を解くと関口は青木に身を寄せた。

 

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