たまゆらにきのふのゆうへみしものを
斉藤和義の郷愁が京極テーマだったときがあります。あと、町田康。そんな散文。
車内は夕暮れの橙に満たされていた。
此の眩い西日に溶けてしまうことを束の間望んだ。
彼と会った後は酷く寂しくなる。
傍に彼が居ないからか。
自分の帰る先に待っている人への罪悪感か。
夕暮れは慕わしい。
昼間の高い処から燦燦と照らす陽光はまるで自分と言う細菌を滅す為にあるかのようだったが、夕暮れはその先に広がる闇の為の残照だ。
昼の終わりだ。
そして魑魅の跋扈する闇への先触れである。
自分の犯すありとあらゆる背徳を許容しているかのようで。
別れ間際にあの青年刑事は此の身にしがみ付いた。
強く。
有らん限りの力を持って、強く─────
言葉には出来ない。
口にした端からそれは崩れ去る。
彼に逢いたい。
先刻迄逢っていたのに、別れてすぐにまた逢いたいと思う。
「愚かだ─────」
呟いて、扉が閉まることに気がついた。電車の去り行くホームは自分が下りるべき駅だった。
息を尽く。安堵の。
もう少しだけ此の思いに浸っていて良いと赦されたようで。
電車は橙色の中を進む。このまま夕暮れに沈没してしまえばいい。
その揺れに身を任せつつ、再び彼へ思いを馳せた。
珠と珠が触れ合うように昨夜睦み合いました。だのに今朝もまたあなたを恋しく思うのです。(万葉集)
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